医療法人の理事長先生の中には、節税や資産管理の設計のひとつとして、資産管理会社の設立を検討されている方もいらっしゃると思います。そして、その資産管理会社の代表取締役に理事長先生ご自身が就き、役員報酬を受け取る、という設計もよく話題にのぼります。
ただ、医師国保・歯科医師国保に加入している先生が、資産管理会社の代表取締役として役員報酬を受け取ると、国保組合を脱退することになります。しかも組合によっては、医院で働くスタッフの皆さんの健康保険まで変わる可能性があります。
先生方のライフプランを試算する中で社会保険の扱いを整理していたところ、この点に行き当たり、奈良年金事務所へ電話で確認しました。本記事では、その回答をもとに、先生方に知っておいていただきたいポイントをまとめます。
対象は、理事長先生ご自身が資産管理会社の代表取締役に就くケースです
最初に、この記事でお話しするケースをはっきりさせておきます。
医療法人と取引のあるMS法人(メディカルサービス法人)については、基本的に、医療法人の理事長がMS法人の代表取締役を兼ねることはできません。そのため本記事は、MS法人の話ではなく、医療法人とは取引のない資産管理会社で、理事長先生が代表取締役に就くケースに限った話です。
このような資産管理会社から役員報酬を受け取る設計は、よく検討されます。ただ、検討は税金の面が中心になりやすく、健康保険への影響は見落とされがちです。
代表取締役として役員報酬を受け取ると、医師国保・歯科医師国保は強制的に脱退になります
奈良年金事務所の回答は、次のとおりでした。
資産管理会社のような一般の法人で役員報酬を受け取ると、代表取締役は強制加入になります。このとき協会けんぽへの加入が優先され、医師国保・歯科医師国保は強制的に脱退となります。
「強制」ですので、先生ご自身の希望で国保組合に残ることを選べるわけではない、という点が大切です。
代表取締役でなくても、常勤の取締役なら同じことが起こります
本記事は代表取締役のケースを中心にお話ししていますが、代表権のない取締役であっても、常勤になれば加入義務が生じます。協会けんぽに加入することになれば、医師国保・歯科医師国保の脱退をはじめ、代表取締役の場合と同じことが起こります。「代表取締役でなければ関係ない」というわけではありませんので、ご注意ください。
「適用除外承認を受けているから大丈夫」とは言い切れません
医療法人の先生でも、法人化の前から医師国保に加入していれば、「適用除外承認」を受けて医師国保を続けることができます。これは医療法人だけを見れば、そのとおりです。
ただし、今回の回答は「一般の法人で役員報酬を受け取った代表取締役は、協会けんぽが優先される」というものでした。医療法人で受けている承認が、資産管理会社で報酬を受け取る場合にどう扱われるのかは、ご自身で判断せず、加入している組合へ確認していただくのが安心です。
報酬は医療法人と合算され、保険料は各社で按分されます
医療法人も、健康保険の適用事業所です。そのため協会けんぽに加入すると、資産管理会社と医療法人の報酬を合算して標準報酬月額が決まり、保険料はそれぞれの法人で按分して負担することになります。
架空の例で見てみます。
A先生は医療法人の理事長として報酬を受け取り、歯科医師国保に加入しています。医療法人とは取引のない資産管理会社を設立して代表取締役に就き、そこから毎月少額の役員報酬を受け取ることにしました。
この場合、A先生は資産管理会社から役員報酬を受け取ることで、歯科医師国保を脱退して協会けんぽに加入することになります。標準報酬月額は、資産管理会社の少額の報酬だけでなく、医療法人の報酬も合わせた金額で決まります。「資産管理会社の報酬はわずかだから、影響も小さいはず」とは限らない、ということです。
いちばん注意したいのは、医院のスタッフへの影響です
ここまでは、理事長先生ご本人の話でした。本当に注意していただきたいのは、この先です。
医院の他のスタッフの皆さんについて、年金事務所としての回答は「対象となる理事長だけが協会けんぽに加入すればよい」というものでした。年金事務所の立場からは、スタッフの皆さんまで移る話にはならない、ということです。
ところが、国保組合によっては、加入資格として「事業主が加入していること」という要件が設けられている場合があります。この要件がある組合では、理事長先生が協会けんぽへ移ると、医院の他のスタッフの皆さんも協会けんぽへ加入せざるを得なくなります。
スタッフの皆さんの保険料負担が変わる可能性があります
そうなると、影響は理事長先生お一人にとどまりません。スタッフの皆さんの保険料負担が変わり、医院全体としての保険料負担も変わる可能性があります。
先ほどのA先生の例でいえば、資産管理会社から少額の役員報酬を出したことで、医院で働く歯科衛生士さんや受付のスタッフさんの健康保険まで切り替わる、ということが、組合の要件次第では起こりえます。節税のために考えた設計が、医院の保険料負担という別のところに思わぬ影響を及ぼしてしまう。先生にとっても、スタッフの皆さんにとっても、避けたい事態です。
要件の有無は、組合ごとに違う可能性があります
この「事業主が加入していること」という要件があるかどうかは、国保組合ごとに違う可能性があります。同じ医師国保・歯科医師国保でも、加入している組合によって結論が変わりうる、ということです。
役員報酬を出す前に、加入している組合へ確認を
年金事務所からの指示は、「役員報酬を支給する前に、保険組合に確認してください」というものでした。組合へ確認していただきたいのは、主に次の点です。
- 資産管理会社の代表取締役として役員報酬を受け取った場合、理事長ご本人の加入資格がどうなるか
- 加入資格に「事業主が加入していること」という要件があるか
- 要件がある場合、医院のスタッフの皆さんの加入がどうなるか
会社をつくるだけなら、問題にはなりません
誤解のないようにお伝えすると、資産管理会社を設立すること自体は、この問題にはなりません。影響が出るのは、役員報酬を出したときです。代表取締役に就いても、報酬が0円のままであれば被保険者にはならないため、医師国保・歯科医師国保は継続できます。
「会社はつくったが、報酬はまだ出していない」という段階であれば、支給の前に組合へ確認する時間があります。会社の設立と、役員報酬の支給は、分けて考えることができます。
まだ確認できていないこと
今回の確認は電話での口頭の回答で、次の点はまだ分かっていません。
- 「事業主が加入していること」を要件にしている組合が、具体的にどこなのか
- いったん役員報酬を出したあとで報酬を0円に戻した場合、医師国保・歯科医師国保に戻れるのか
- 今回の回答の根拠となる条文・通達
とくに2つ目が分からない以上、「一度出してみて、問題があれば報酬をなくせばよい」とは言えません。出したあとではなく、出す前に確認していただくのが安心です。
また、今回確認したのは「医療法人の理事長先生が、医療法人と取引のない資産管理会社の代表取締役として役員報酬を受け取る」ケースです。個人で開業されている先生の場合や、ご家族を資産管理会社の役員にする場合などは、今回の確認の範囲に含まれていません。
まとめ
本記事のポイントを整理します。
- 医療法人と取引のあるMS法人では、基本的に理事長が代表取締役を兼ねることはできない。本記事は医療法人と取引のない資産管理会社の代表取締役の話
- 理事長先生が資産管理会社の代表取締役として役員報酬を受け取ると、協会けんぽへの加入が優先され、医師国保・歯科医師国保は強制的に脱退になる。代表権のない取締役でも、常勤であれば加入義務が生じ、同じことが起こる
- 標準報酬月額は資産管理会社と医療法人の報酬を合算して決まり、保険料は各社で按分する
- 国保組合に「事業主が加入していること」という要件がある場合、医院の他のスタッフの皆さんも協会けんぽへ移らざるを得なくなる
- 要件の有無は組合ごとに違う可能性があるため、役員報酬を支給する前に、加入している組合へ確認する
- 資産管理会社の設立だけでは問題にならない。影響が出るのは役員報酬を出したとき
資産管理会社の設計は、税金だけでなく、医院で働く皆さんの健康保険にもつながっています。役員報酬を出す前に、ひとつ確認を挟んでいただければと思います。
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※本記事は、奈良年金事務所へ2026年9月に確認した内容を元にしています。制度や取扱いは変更されることがあります。株式会社ハルは税理士法人・社会保険労務士事務所ではなく、税務・社会保険の手続きの代行は行っておりません。また、金融商品取引業者ではありません。
ご自身のケースは、加入されている組合・年金事務所・顧問税理士にご確認ください。